「七五三」の由来〜地域新聞より〜野田市

我が家では、「初詣」「厄払い」「七五三」は〜櫻木神社〜へ行きます。
来年は、娘・満7歳と次男・数え5歳で「七五三」のお祝いをします。

3年前は、長男・満5歳と娘・満3歳でお祝いしました。 
柏市の写真館で撮影→櫻木神社でお参り→
親戚を呼んで、流山市の「まさご鮨」で宴会。

*写真は、1人づつと、兄弟3人の写真を早撮りで9月ごろにしておいて
家族写真を当日に撮りましたが、忙しかった…と反省しています。

来年は、私も着物でお祝いしたいので〜もっと忙しいですね。

 

さてさて、「七五三」の由来〜地域新聞より

誕生から死を迎えるまでの一生には、節目に多くの儀式がありますね。
それぞれの節目に行われる行事を「通過儀礼」と呼ぶそうです。

安産の願いを込めて戌の日にお祝いする「着帯」からはじまり、
「お七夜」「お宮参り」「節句」「十三参り」に「結婚式」。
そして、「厄年」に「還暦祝い」。いずれも昔から今に伝えられて来た
心温まる日本の習慣です。なかでもポピュラーなのが「七五三」。

11月15日〜近くの氏神さまに参拝して無地に成長したことに感謝し、
これからの健康と幸せとをお祈りする行事です。

もともとは、宮中や公家の行事だったそうです。
三歳は、髪をのばしはじめる「髪置きの祝い」。
五歳は、はじめて大人と同じ袴をつける「袴着の祝い」。
七歳は、帯を使いはじめる「帯直しの祝い」。

女の子は三歳と七歳。男の子は五歳を祝います。

乳幼児の死亡率が高かった昔は、七つを迎えるまではその子が
無事に成長するとは限らなかったので、人間としては認めず
「七歳までの子どもは神の子」とされ、七歳になってはじめてはじめて
人間としての仲間入りが認められたのです。ですから、子ども達が急逝しても、
それは神が自分の子を連れていったものと考えられていたのです。

これが、明治時代になって「七五三」として定着し、現在にいたっています。
すこやかな成長をお祈りして、小さな淑女と紳士にジュースで乾杯!